大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)421号 判決 1959年8月03日
控訴人 被告 鈴木清蔵
訴訟代理人 小畑実
被控訴人 原告 谷川竹造
訴訟代理人 木場悦熊
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、
被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、左記に補充する外、原判決事実記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴人は、
「(一)訴外熊沢哲治郎は、被控訴人に対する金八〇、〇〇〇円の貸金債務の担保として、本件手形を被控訴人に裏書譲渡したものである。従つて被控訴人は控訴人に対し本件手形金を金八〇、〇〇〇円の限度においてのみ請求し得るにすぎない。
(二)ところが熊沢哲治郎は、被控訴人に対する前記金八〇、〇〇〇円の貸金債務を履行しないので、控訴人は、右貸金債務の弁済期日である昭和三二年六月三〇日に金八〇、〇〇〇円を被控訴人に現実に提供して弁済しようとしたが、被控訴人はこの受領を拒絶した。弁済の提供は、不履行によりて生ずべき一切の責任を免れしめるものであるから、被控訴人の本件担保手形による手形金請求は金八〇、〇〇〇円の限度においても担保権の行使として失当である。
(三)被控訴人は金八〇、〇〇〇円の受領を拒絶して、本件手形を支払場所に呈示したので、控訴人は、本件手形の不渡により取引停止処分を受け、金一五〇、〇〇〇円の信用毀損による損害を受けたものである。すなわち、取引停止処分は一回の不渡ではなされず二回の不渡によりなされるのが通例であるが、控訴人に対する取引停止処分は、本件手形及び甲第三号証の手形の不渡が競合してなされたものである。従つて本件手形は取引停止処分の原因となつているのであるから、控訴人主張の信用毀損従つて損害賠償請求権による相殺の抗弁は容認さるべきである。」と述べ、
被控訴人は、
「控訴人主張の事実はすべて争う。
控訴人は、訴外辻幾太郎所持の甲第三号証の手形の不渡によつて、取引停止処分を受けたものである。」と述べ、
証拠として被控訴人は甲第七号証を提出し、控訴人は甲第七号証の成立を認めた。
理由
控訴人が、金額、一三〇、〇〇〇円、支払期日、昭和三二年六月三〇日、支払地、振出地とも、大阪市、支払場所、協和銀行勝山支店、振出日、昭和三二年五月三〇日とした約束手形一通(本件手形)を訴外熊沢哲治郎宛に振出し、同訴外人が支払拒絶証書作成義務免除の上白地式裏書をして本件手形を被控訴人に譲渡し、被控訴人が現に本件手形の所持人であること、被控訴人が、同年七月二日、支払場所に本件手形を呈示して支払を求めたが拒絶されたことは当事者間に争がない。
仮りに、訴外熊沢哲治郎が、本件手形金額より少い金八〇、〇〇〇円の貸金債務の担保として、本件手形を被控訴人に裏書譲渡したとしても、手形取引の簡易迅速な決済をはかる必要より、被控訴人は振出人である控訴人に対し本件手形金全額についてその権利を行使することができるものと解するのが相当である。この場合、被控訴人が控訴人より取立たてた金額が被担保債権額より多いときは、残額を裏書人である熊沢哲治郎に返還しなければならないことは当然である。この場合、手形金中被担保債権額を超過する部分については、いわば隠れた取立委任裏書の性質を有するから、振出人である控訴人は裏書人である熊沢哲治郎に対抗し得る抗弁を控訴人に対し対抗し得るものと解するのが相当であるが、控訴人は熊沢哲治郎に対抗し得る抗弁については何等の主張をしない。
仮りに、訴外熊沢哲治郎が、被控訴人に対する金八〇、〇〇〇円の貸金債務の担保として、同訴外人が貸金債務を遅滞するときに限り被控訴人において本件手形債権を行使し得る特約の下に、本件手形を被控訴人に裏書譲渡し、かつ被控訴人が被担保債権である貸金債権について受領遅滞にあるとしても、手形取引の簡易迅速な決済をはかる必要より、被控訴人は振出人である控訴人に対し本件手形金全額についてその権利を行使することができるものと解するのが相当である。この場合、被担保債権が消滅すれば、被控訴人は控訴人に対し本件手形金の支払を求めることはできないものと解すべきであるが、控訴人は被担保債権の消滅については何等の主張をしない。
従つて控訴人主張の(一)、(二)の抗弁は抗弁事実の確定をなすまでもなく採用できない。
控訴人主張の(三)の損害賠償債権の発生は、被控訴人の控訴人に対する本件手形金債権全額請求に対し、控訴人が被控訴人に対し対抗し得る抗弁を有することを前提とするものであるが、前記のとおり控訴人主張の(一)、(二)の抗弁は抗弁事実の確定をなすまでもなく採用できないし、他に控訴人は被控訴人に対抗し得る抗弁を主張しない。従つて仮りに被控訴人の本件手形債権行使によつて控訴人が取引停止処分を受けたとしても、それによつて控訴人の被控訴人に対する損害賠償債権が発生することはない。控訴人主張の(三)の相殺の抗弁も又採用できない。
よつて被控訴人の本訴請求は正当であるから、これを認容した原判決は相当であり、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井末一 裁判官 小西勝 裁判官 井野口勤)